やぎさわ便り八木沢里志 公式サイト

english
english

2025.02.20 Thu.

犬派と猫派

今日は風が冷たかった…。そんな中、ジウと早朝散歩へ。

でも、猫は元気だったけど、人間の方がしんどくていつもの半分くらいの道のりで断念して帰ってきました。

ところが帰ろうと言ってもジウは「なんだ、まだまだオレは歩くぞ」と抱っこしてもぐねぐねして拒否。それでも強引に抱き上げると、小刻みに震えていました(笑)。寒いんじゃん、キミのその痩せ我慢はなんなんだよ。結局二人してあたたかい部屋の中へと帰りました。

ところで世の中でよく勃発する(?)犬派か猫派か問題。僕は猫を飼っていることからもわかるように基本は猫派なんですが、よく考えたら子供の頃は犬派でした。小学校の頃は犬を飼っていたし、そもそも猫とあまり接する機会がなかったので、猫の魅力というのを知らなかったのです。

それが小説家デビューして少しした頃に、たまたま知人が保護した猫(写真の子・にゃあ太)をもらい受けることになり、そこから猫飼い人生がはじまったのです。それで飼ってみて、自分と猫というのは随分相性がいいんだなと気付かされました。

というのも、僕はかなりの内向型気質の人間なので、猫のような家につくタイプと相性がすごくいいのです。家の中に一緒にいて、でもお互い干渉はしない、みたいな関係性が心地いい。

「BBQでもして騒ごうぜ!俺たち、仲間だろ!」みたいなノリは苦手で、「まあこっちもテキトーにしてるんで、そっちもテキトーにしててくださいよ」くらいのゆるい感じが楽なのです。猫ってそんな感じ。

犬みたいに飼い主への愛情や従順さをわかりやすく見せてはくれないけれど、それでも猫には猫の愛情があって、こちらがさみしかったり傷ついていたりすると、静かに寄り添ってくれる(ような気がする)。

もちろん犬も好きなので、飼ったら絶対かわいいのですがね。でもノリが合うのは猫という気がします。

あ、でもジウは毎朝犬みたいに散歩に行きますね。近所のわんちゃんの飼い主さんたちとも、ジウのおかげですっかり顔見知りです。あれ、意外と自分は犬派なのかも?

2025.02.17 Mon.

DJジウ

今朝もジウといつものように散歩に行くと、ジウ・ファンを公言する近所の方に久しぶりに遭遇。

見つけるや、「ジウちゃ〜ん、おばちゃん、会いたかったよお」と大喜び。駆け寄ってきて、ジウを触ってご満悦の様子。

今日は機嫌がよかったらしいジウは、サービス精神を発揮してファンの前でゴロンと横になっておなかを見せる出血大サービス。「きゃー、ジウちゃん!おばちゃんにおなか見せてくれるの?うれしい!」と黄色い声を上げておられました。

喜んでもらえてよかったけれど、ジウもだいぶ罪作りな男だなあと思う今日この頃です。

そんなジウは、家ではDJジウとしてもよく活躍しています。

DJジウとは何者か?これがですね、うちはHomePodというアップルの置き型スピーカーをリビングに置いているのだけど、このスピーカーはポンと表面を押すだけでSiriが起動して、自動で厳選した音楽をかけてくれる代物なのです。

で、ジウはこれをよくポンと肉球で押すのです。すると音楽が流れ出して、「何事?」と人間側が慌てるというね。

最初は偶然に手で押しただけと思っていたのだけれど、どうやら確信犯らしく、音楽が流れるとどことなくしたり顔でその場から去っていきます。「お前らにオレがご機嫌な音楽を聴かせてやろう」とでも言いたげです。

というわけで、DJジウは今日も僕らが夕飯を食べているところで、音楽を流しはじめました。今日の選曲ははっぴぃえんどの「12月の雨の日」でした。

「流れる人並みを〜ぼくは〜見てる〜」と大瀧詠一の歌声が流れ出すと、我が家の食卓は一気にアンニュイな気分に。いや、いい曲ですけどね、なんで夕飯の時にあえて流すのか。

まあ実際は肉球でボタンを押されたSiriの選曲なわけですが、どうもDJジウの意図的な選曲に思えて仕方ないのです。

そういうわけで、今日は、12月の雨の街中を人が行き交う光景を思い描きながら、夕飯を食べたのでした。

2025.02.15 Sat.

3月5日の対談イベント

今日はすごくあたたかくてジウとの散歩も、 のんびり気分で行きました。

散歩中、尾の長い灰色の毛の鳥が家の垣根に止まって鳴いていて、ジウと2人、ぼんやり眺めていました。あれはなんていう鳥なのだろう、とても綺麗だった。鳴いているのは、メスへの求愛行動?そろそろ春も近くなってきたし、鳥たちも伴侶を探す季節なのでしょうか。

ずっと鳴いていたので、その家のおじいさんも鳴き声の正体が気になって、窓を開けて鳥を探していました。そっと指差して教えると、「ああ、あいつかあ」という感じにおじいさんも笑っておりました。いいですね、和みます。

話は変わって、お知らせにも書きましたが、3月5日、神保町にある韓国本専門店の「チェッコリ」さんで、『不便なコンビニ2』が日本で出版されたばかりのキム・ホヨンさんと対談イベントを行うことになっています。

対談とか苦手なのですが、『不便なコンビニ』がもともと好きだったので、編集者さんからご提案いただいて喜んでお受けすることにしました。当日は個人的にキムさんにいろいろ聞いてみたいことがあるので、聞かせてもらおうと思っています。

もちろん、僕も日本のヒーリング小説の書き手として、創作についてや作品についてお話させてもらうつもりです。ご興味のある方はぜひ。

このまま暖かい日が続いて春に突入するんでしょうかね。ちょっと最近忙しいのですが、天気がいいとそれだけで気分もよくなります。まあ、思わず外に遊びに行きたくなって、そわそわするのでそれはそれで困るのですが。

2025.02.14 Fri.

ドライブ・イン・マンハッタン

今朝もジウと元気に朝から散歩へ。

公園に子供が忘れていったサッカーボールがあって、蹴ってやるとジウが「ワウウ」と追いかけていました。もっともっとという顔してたので何回かしてあげました。まったく、なんという可愛さなんだよ、君は。

さて、今日は夕方で早めに仕事を切り上げて、映画を観に行きました。

観たのは『ドライブ・イン・マンハッタン』という作品。出演者はダコタ・ジョンソンとショーン・ペンの二人だけ、しかも舞台はほぼタクシー内というかなり挑戦的な作品。

もう好みドストライクな雰囲気だったので、公開初日に張り切って観にいってきました。

空港からマンハッタンへと向かうタクシーに乗った若い女性。そのタクシーの運転手である少しばかり口の悪い中年男。たった一晩の夜の出会い。濃厚できらびやかな夜の街の空気が、画面からひしひしと伝わってくる作品でした。甘さひかえめな大人のおとぎ話ともいえますね。

こういう作品だと会話のうまさとか演出の妙さとかが命になると思うのだけど、いやあ、素晴らしかったですね。

ショーン・ペンは『ギター弾きの恋』から好きな役者さんですが、今作でも悲哀あふれる(ついでにがさつな)オッサンを演じていて、もう最高にハマっていました。そしてダコタ・ジョンソンはルネサンス時代の絵画から飛び出してきたような美しさでした。

過剰な演出や音楽を排除し、淡々と2人の会話が続き、少しずつお互いの距離が縮まっていくのが、とてもリアル。そして気がつけば、この2人のことをとても好きになっている自分がいました。

ストーリー展開的にも、安易な奇跡や解決を描くわけではなく、人生のままならなさをしっかり描きつつ、どこか希望を感じさせてくれる。それは世代も立場も性別も違う2人の思いがけない心の通い合いがもたらすものなのでしょう。

今夜もマンハッタンの、あるいはどこかの国のどこかの都市で、こんな邂逅が繰り広げられているのかもしれないですね。そんな想像をすると、胸があたたかくなります。

というわけで素敵な余韻に浸りながら、今夜は寝られそう。映画ってやっぱりいいですね。

2025.02.12 Wed.

みんなちがって、みんないい

今日も朝からジウと散歩。

ジウが元気に毎日散歩に誘ってくれて嬉しいです。元気がなにより。

先住猫のにゃあ太(写真のハチワレちゃん)は10歳という若さで天国に旅立ってしまったので、健康のありがたみを痛感しています。

ずっと一緒にいれるわけではないけれど、やっぱりできるだけ猫たちと一緒にいたいというのが、自分のささやかな願いです。

にしても、今まで3匹の猫を飼ってきましたが、猫って本当にそれぞれびっくりするくらい性格が違います。

にゃあ太は、臆病で寂しがりで超絶甘えん坊。ちょっと家を空けただけでも、「どこ行ってたの?」と帰ってきたらベタベタに甘えてくる子でした。人間と一緒にいるのがすごく好きだったな……。

ジウは、ザ・男という感じで多少のことでは動じず、自分の要求をガンガンに通してきます。細かいことを気にしないので、膝で寝たら多少のことでは起きません。とっても扱いやすい子。

トトは、とにかく超元気。「君、本当に女の子?」というくらい脳に筋肉がいってそうなタイプで、走り回ってます。反面、知らない人が来るだけですぐ隠れる超臆病なところもあってギャップがすごい。

というように、もうそれぞれ全然違うし、この性格というのは飼ってみるまでなかなかわからないところもあります。トトは保護猫団体の方には「超人懐っこくて社交的」と聞いていたのだけど、飼ってみると飼い主以外には懐かない、どころか姿さえ見せない子に成長したしね。

まあ、つまり詩人の金子みすゞの言葉を借りるなら、「みんなちがって、みんないい」ということですね。世界中の猫たちそれぞれ個性がまるで違い、優劣もなく、みんな素晴らしい存在なのです。きっと猫好きの人たちは賛同してくれることでしょう。

翻って人間も、そうであってほしいですね。昨今、ネットなんかではもうとにかく人間同士で優劣をつけるようなことばかりして、ときどき暗澹たる気分になります。

人間もみんなちがって、みんないい。優劣なんてなくて、それぞれがそれぞれの生き方をまっとうすればいい。美しさだってそう。どんな体型でも見た目でも、その人らしい美しさというのがちゃんとあります。世の中の価値観や常識とされるもので、人と比べるのでなく、みんながちがって、みんながいい。競争社会から卒業しないと、いつまでも人間は不幸なままな気がします。

なんか話が逸れたけれど、個性があるって素晴らしいこと。そこに優れてるとか劣ってるとかの比較を持ち込まないで生きていきたいものです。

2025.02.10 Mon.

キャットウォークから落ちる猫

今日も朝からジウと散歩へ。

最近のジウさんのお気に入りは、道路に生えているやわらかい雑草を食べること。元々、猫草が大好きでよく食べる子なのだけど、ときどき外の雑草を食べるブームがやってきます。

道に生えてる雑草なんて衛生上よくないので、食べさせるのをやめさせようとその場から抱っこで離れるだのけど、また降ろすと雑草ポイントまで戻っては食べ出すの繰り返し……。

ジウは相当頑固です。一度こうと決めたら、何がなんでもやり遂げます。仕方ないから食べさせると案の定吐くという(雑草は固いので食べると高確率で気持ち悪くなるらしい、むしろ吐きたくて食べてる様子)。早くブームが過ぎ去ってほしいものです。

ブームといえば、うちには写真のようにキャットウォークがあるのだけど、トトは冬はもっぱらこの上で寝ています。(たぶんエアコンの空気がたまって暖かいからと思われる)

寝るのはいいのだけど、トトさん、だいぶ寝相が悪いようでそのまま寝返りを打って、真っ逆さまに落ちてくることがあるのです。植物などを薙ぎ倒して、2メートルの高さからものすごい音を立てて落ちてくるので心臓が止まるほどびっくりします。

さすが猫というか、怪我をしたことは今のところないのだけど、本人も落ちたときはパニック状態で、「何が起きたの?こわい!」と大慌て。しかもなぜ飼い主のこちらを疑っているかのようにしばらくの間、距離を取ってくるので、「なんでだよ」と言いたくなります。

でもね、学習してくれればいいのだけど、しばらくするとトトはすっかり忘れて、またキャットウォークから落ちます。そして、その度にちょっとこっちに抗議してくるという。そして翌日にはまた、キャットウォークで寝て、数日後に落ちるという(笑)。

猫って一緒に暮らしていて、本当に飽きないです。

2025.02.09 Sun.

退屈すれば脳はひらめく

最近は小説以外では脳の仕組みについての本にはまっていて、よく読んでいます。

ちょっと前、『退屈すれば脳はひらめく』(マヌーシュ・ゾモロディ著、NHK出版)という本を読みました。これはスマホが当たり前になった現代でスマホを手放して、退屈な時間を過ごすことがいかに大事かと語った本。

脳は退屈している時、デフォルトモード・ネットワークという状態になるのだけど、この時に脳は情報の処理を行ったり記憶の定着をするのだそう。

同時に、そうして脳があちこちに思考をさまようことで、アイディアをひらめくのだという。そのため、デフォルトモード・ネットワークは「ひらめき脳」とも呼ばられることがあるそうです。お風呂に入っていたり散歩していたりカフェでぼんやりしている時に、アイディアがパッとひらめくのは、脳が退屈してこのモードに入っているから。

ところが、スマホが普及してから人間はこの退屈という時間を持てなくなってしまった。持てなくなったどころか、それが苦痛にさえなってしまった。なぜなら、隙間時間があったらその時間にスマホを見ればいいから。スマホが人間を依存させるためにありとあらゆる計算をされて作られているのは、よくいろんなところで報道されている通り。

なので、創造性を得てクリエイティブに生きるためにも、スマホを見る頻度を減らそう、かつて当たり前にあった退屈な時間を取り戻そう、と呼びかけているのがこの本。大変興味深かったです。

僕個人は、割と退屈するのが得意な方だと思います。子供の頃はそうして退屈な時にあれこれ空想して、1人で物語を作るのが好きでした。そもそもスマホやネットをそこまで使用しない方だと思うし。

それでも、スマホやネットが当たり前になってから、確実に前よりも退屈する時間は減りました。スマホやネットがあまりに便利すぎて、ぼーっとしていても、「あ、あれってどうだっけ」とつい調べ物をしてしまったり、「あれ買っておかないと!」とネットショッピングしたりすることが増えました。

前からこの癖が自分の創作活動にあまりよい影響を与えていないなとなんとなく思っていたのだけど、この本を読んでいろいろ腑に落ちました。そうか、もっと退屈した方がいいんだな、と。

そう、この本を読んで思ったのは、もはや退屈することって自分で意識的にしていかないと、なかなかできないことになりつつあるんですよね。世の中は便利になったけれど、退屈してアイディアが生まれる時間を奪ってしまったわけで、それはものづくりをする人間として、やはり大問題です。

というわけで、今後はもっともっと退屈していこうと思った次第です。今の世の中って、退屈しているのが悪いという風潮が蔓延していて、ちょっとぼんやりしていると笑われたり、奇妙に思われたりしちゃうことがありますね。

でも、本来人間に必要な時間なんですよ。というわけで、誰がなんと言おうとそんなのは気にせず、強い意志でもっと退屈していこうではないですか!

2025.02.07 Fri.

猫たちの関係

今日はうちの猫たちの関係性について、ちょっと書きます。(現在、うちにはジウとトト2匹がいます)

というのも、この日記の写真群を改めて見てもわかるのですが、猫たちの単体の写真はあるのだけど、2匹で写っているものがないのです……。

なぜかといえば、つまりあんまり仲がよくないのです。いや、別に険悪という感じではないのだけど、よく他の猫飼いのお宅で見るような「一緒にくっついてお昼寝」みたいなほんわかシーンはまあまず見かけません。

猫同士でコミュニケーションを取ることはなくもないのだけど、だいたいジウがしつこく追い回してトトが「シャー!」と怒って終わるという……。もっともこれもプロレスみたいな感じで、両者とも本気ではなさそうですが。いずれにせよ、珍しく2匹で毛繕いし合ってるなあ、なんて思っていると、すぐに戦闘がはじまって、おジャンになる感じです。

この原因は先にも書いたように、ほとんどがジウのせいな気がします。ジウはけっこうオラオラ系なので、トトが人間(僕か妻)に甘えて膝にのっていたりすると、のしのしやってきて「オラ、そこどけ!」と感じに足を噛んで追い払うんです。

一応ジウの方がお兄ちゃんなのだけど、いや、お兄ちゃんだからこその横暴なのか、とにかくトトが人間に甘えているのが気に入らないご様子。そういうわけでそんな横暴をされてトトもお兄ちゃんを慕うはずもなく、いつも一定の距離のある2匹なのでした。

先住猫で天国に行ったにゃあ太ちゃんも人間は大好きなのだけど、あまり猫が好きじゃない性格でした。なので、我が家では猫同士で一緒に丸まって寝ている、という光景を見たことがほとんどありません。よその家の猫の写真を見ては、「ああ、うらやましい」としょっちゅう思っています。

いつか、2匹がもっと打ち解けてくれるといいなあ、とひそかに願っているのでした。ああ、仲良し猫がいる家が本当にうらやましい!

2025.02.06 Thu.

どこにでも人間関係あり

最近、ジウの食欲がすごくて、なんだか一日中何かを欲しがっている気がします。

今日もウェットもカリカリももりもり食べて、チャオチュールも3本食べました。食欲がないよりはあった方が断然いいのだけど、ジウも11歳。健康にも気を遣っていかなければいけない年だし、おねだりされたからと言って、控えた方がいいのかなあとも思います。

でも、ジウの要求の仕方ってすごいしつこいんですよね。こちらが書斎で仕事していても、自分の望みが叶うまでずっとそばでミャウミャウ鳴くのです。可哀想になってくるし、何より仕事に集中できないので根負けしてあげてしまうのです。人間が寝ている時に要求する際は、鼻を噛んでくる子だし、けっこうそのあたり容赦ないです。

まあ、そんなジウの要求をかいくぐりながら、今日もジムへ。

ジムのような人何集まる場所では、やはり人間関係って生まれます。特に僕が行っている平日午後は年配の方が多いので、仕事を引退した方々の社交の場になっている感があります。

で、毎日のように通っていると特に知りたいわけでもないけれど、なんとなく「あ、あの人とこの人は長い付き合いなんだな」とか、「このおばさんはみんなのマドンナ的存在なんだな」となんとなく見えてくるんですよね。

そして、やはり人が集まれば、争いも起きるもの。気の合わない同士もいれば、いつの間にか仲違いして目も合わせなくなっているなんてこともあるわけで……。

今日もランニングマシンで走っている間、眼前のウェイトコーナーではあまり気の合わない年配男性2人がバチバチに火花を散らし、その間にスタッフの若い女性が板挟みになっていました。元は仲良かったはずの2人なのに、一体何があったというのでしょうか。

僕はたぶん人より、そういう微妙な人間関係とかに気付きやすいタイプのようです。なんというか、人間関係がぱっと見えてしまうという変な特技があるというか。まあ、それで得することといえば、小説を書けるくらいでしょうか。

ともあれ、自分は全然話もしないのに、なぜか気疲れするというよくわからないジムの時間を過ごしています(笑)。みんな、もうちょっと仲良くしようよ!ほんとに頼むから。

2025.02.05 Wed.

韓国版『純喫茶トルンカ』

今日は日差しは強かったけれど、風は冷たかったです。久しぶりに長い散歩に出たくなったので、そんな冷たい風の中、10キロほど歩いてきました。

歩いているうちに体があたたかくなってきて、肌に吹きつけてくる風も、だんだん気持ちよくなってくるからいいですね。散歩中に、飼い主さんとボール投げで遊んでいるフレンチブルドッグの子を見かけたのですが、もうそれはそれは楽しそうで、心和みました。

全身から「幸せ!楽しい!」って気持ちが溢れていて、飼い主さんもさぞ可愛いだろうなあと思い、歩きながらニヤニヤしてしまいました。通行人に見られたら、通報されそうな事案ですね。危ない危ない。

話しは変わって、韓国版の『純喫茶トルンカ』の献本をいただいたので、写真のせておきます。

海外のいろんな国から翻訳本を出していただいるのですが、カバーはその国のお国柄だったりトレンドなんかが窺えて楽しいです。

このカバーはいかにも韓国という感じがします。(自分だけかな?)ポップで可愛い感じですね。韓国でもレトロ喫茶の魅力ってわかるのでしょうか。後ろのカバーにも登場人物たちが描かれているのがいいです。コーヒーを淹れている立花マスターはもちろん、地味に紙エプロンでバレリーナを折っている千夏さんがいますね。

『トルンカ』もありがたいことに多数の国で翻訳されることが決まっているのですが、たとえば英語圏に「純喫茶」という存在も、それにあたる単語もないのだとそうです。

なので、「純喫茶」は普通に「カフェ」という単語で表現されるとのこと。「カフェ・トルンカ」でもお店の雰囲気が伝わると良いなあと願っております。そちらの刊行も今から楽しみです。